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第4回
外国から学ぶ日本② まねるのではなく、自分たちの介護をつくる

スウェーデンが経験した課題は、実は多くの国々にも共通するものでした。

今回は、世界各地の経験と日本の歩みを振り返りながら、「外国から学ぶ」ということの意味を考えてみたいと思います。


私はこれまでの27、28年間、世界各地の高齢者施設を何百か所も訪れてきました。

写真:1960年代のスウェーデン
1960年代のスウェーデン
写真:日本
日本
写真:中国の内陸部
中国の内陸部
写真:香港
香港
写真:ベトナム
ベトナム
写真:シンガポール
シンガポール

国も、文化も、宗教も、歴史もまったく異なります。それにもかかわらず、老人ホームを造ると、多くの国が驚くほど似た施設を造ってしまいます。

大部屋で、全員が寝たきりになり、プライバシーがなく、自分の生活空間がない。家族が来なくなり、地域との交流も失われていく。

なぜ、異なる文化をもつ国々が、同じような施設を造ってしまうのでしょうか。

一つの理由は、施設を「生活の場」ではなく、「病気や身体を治す場所」として考えてしまうからだと思います。

悪意があるわけではありません。むしろ、善意と専門性によって、一生懸命造られた施設です。

しかし、病院の考え方をそのまま長期的な生活の場に持ち込むと、人間の暮らしが見えなくなります。

呼吸、食事、睡眠、排泄といった生命を維持するためのケアは、きちんと行われています。

しかし、それだけでは「生活」とは言えません。

病院では、治療のために一時的にプライバシーや生活空間が制限されることもあります。退院までの短期間を過ごす場所であれば、それも必要かもしれません。

しかし、そこがその人の家になるのであれば、話は別です。

プライバシーがあること。
自分の生活空間があること。
家族や地域とのつながりがあること。
自分で選び、決められること。
その人らしい日常生活が続くこと。

こうしたものがなければ、人は生き生きと暮らすことができません。生きがいを感じることも難しくなります。

私は、それを日本だけではなく、多くの国の現場で見てきました。

ただ、日本にも、早い段階から「これまでとは違うケアをつくりたい」「これまでとは違う福祉を実現したい」と考えた人たちがいました。

私がまだ20代だった頃、そうしたリーダーたちと出会うことができました。

写真:書籍 「寝たきり老人」のいる国いない国 / クリッパンの老人たち

例えば、大熊由紀子さんです。もともとジャーナリストとして活動し、その後、大学で教え、多くの著書を通じて日本の福祉と医療のあり方を問い続けてきました。

とりわけ1980年代に出版された『「寝たきり老人」のいる国 いない国』は、大きな反響を呼びました。当時の日本では、「寝たきり」は高齢になれば避けられない状態だと考えられていました。しかし大熊さんは、北欧などの実態を取材する中で、寝たきりの多くは加齢そのものではなく、ケアのあり方や制度、生活環境によって生み出されている可能性を社会に問いかけました。

また、建築家の外山義先生は、著書『クリッパンの老人たち』を通じて、スウェーデンの高齢者の暮らしを日本に紹介し、日本の高齢者施設のあり方に大きな影響を与えました。

当時の日本では、大規模施設で効率的に介護を行うことが一般的でした。しかし外山先生は、高齢者にとって大切なのは管理のしやすさではなく、「その人らしい暮らし」が続くことだと訴えました。

そして、少人数で家庭的な環境の中で暮らすグループホームやユニットケアの考え方を広げ、日本の高齢者施設を「収容の場」から「暮らしの場」へと変えていく大きな力となりました。

こうした人たちの存在によって、日本の介護は劇的に変わっていきました。

つまり、日本は外国の制度や建物をそのまま輸入したのではありません。

海外の失敗と挑戦から学び、それを日本の文化や地域、家族関係、現場の知恵と組み合わせながら、日本なりの介護をつくってきたのです。

外国から学ぶということは、外国をまねることではありません。

なぜその国が変わったのか。
何を失敗したのか。
何を守ろうとしたのか。
そして、それを日本でどのように活かし、さらに良いものにできるのか。

私は、それを考え続けることこそが、本当の意味で外国から学ぶことだと思っています。

写真:トム・キットウッド
トム・キットウッド
写真:バルブロ・ベック=フリース
バルブロ・ベック=フリース
写真:クリスティーン・ブライデン
クリスティーン・ブライデン

日本の介護がここまで大きく変わった背景には、海外から積極的に学ぼうとする姿勢がありました。私は、そのような国内外の多くの方々と出会う機会に恵まれました。そして、多くの外国人専門家が来日し、日本の介護に大きな影響を与えてきました。

例えば、一番左はトム・キットウッドです。現在では世界中で介護や福祉の基本的な考え方となっている「パーソン・センタード・ケア(Person-Centred Care)」を提唱した、イギリスの認知症ケア研究者です。認知症だけを見るのではなく、一人ひとりの人生や価値観、その人らしさを中心にケアを考えるという理念は、今では世界共通の考え方になっています。

中央は、世界で初めて認知症高齢者のためのグループホームを検証したスウェーデンの専門家のバルブロ・ベック=フリースです。現在、日本には約15,000か所のグループホームがありますが、その基本的な考え方や形は、この方が提案したモデルに大きく影響を受けています。私自身も直接ご指導いただいた一人ですが、日本への貢献が高く評価され、2011年秋、外国人叙勲にて旭日小綬章を受章しました。

そして右は、オーストラリア在住のクリスティーン・ブライデンさんです。ご本人が認知症を経験し、その当事者として、「認知症になった本人は何を感じ、どのようなケアを望んでいるのか」を世界中で伝え続けてきました。日本でも何度も講演を行い、「認知症の本人の声」を私たちに届けてくださいました。

このような海外の専門家や当事者は、一人や二人ではありません。多くの方々が日本を訪れ、日本の介護の発展に大きな影響を与えてきました。

一方で、日本も海外から学んだものを、そのまま取り入れたわけではありません。例えば、2000年に始まった介護保険制度は、主にドイツの介護保険制度を参考にしながら、日本の社会や文化に合わせて独自に発展させた制度です。さらに、日本はその介護保険制度を基盤として、「地域包括ケアシステム」という世界でも特徴的な仕組みを築き上げました。医療、介護、予防、住まい、生活支援を地域全体で支えるという考え方は、日本独自の発展形とも言えます。

つまり、日本は外国の制度をそのまま輸入したのではありません。

世界から学び、日本の文化や地域性に合わせて工夫し、日本ならではの仕組みへと発展させてきたのです。私は、この「外国から学び、日本でさらに良いものへ育てる」という姿勢こそ、日本の介護がここまで発展してきた大きな理由の一つだと思っています。


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