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第3回
外国から学ぶ日本① 北欧に学んだ時代、その先に見えたもの

1990年代、当時の在日スウェーデン大使館商務部によれば、約10万人もの日本人が、スウェーデンやデンマークの福祉現場を視察したと言われていました。日本とスウェーデンが大好きで、両国の架け橋になりたいと思っていた私にとって、それは大きな刺激となりました。なぜ、これほど多くの日本人が北欧を訪れたのか。北欧から何を持ち帰ったのか。そして、それを日本でどのように活かし、さらに改善したのか。あるいは、なぜ活かされなかったのか。

この「Why 北欧」「Whatを持ち帰ったのか」「How 日本に活かしたのか」を学び続けることが、自分の使命なのではないかと思うようになりました。

それから四半世紀以上が経ち、今の私には、その問いに対する一定の答えがあります。今回は、その一部を皆さまと共有したいと思います。


写真:日本の介護施設を見学

1.北欧から日本へ――私の原点

私が初めて日本の介護施設を見学したのは、1997年10月でした。ほぼ同じ時期に、私と同じように日本の介護現場でアドバイザーを務めていた、二人のスウェーデン人の認知症ケア専門家とも出会いました。二人が日本の施設を視察した後に作成したレポートを、私は今でも大切に保管しています。その内容は、かなり強烈なものでした。しかし、決して悪意をもって書かれたものではありません。二人は、認知症ケアの専門家としての情熱をもち、自分たちの経験や知識を日本の介護現場に伝え、少しでも現場を良くしたいと懸命に取り組んでいました。だからこそ、見たこと、感じたことを、非常に率直に書いたのだと思います。

1998年、日本のある県を訪問した際のレポートには、次のような内容が記されていました。

介護予防が行われておらず、寝たきりの人や褥瘡のある人が非常に多い。
医師は、褥瘡の原因を「高齢者の全体的な健康状態が悪いから」と説明している。
骨折した高齢者に対し、医師が「1か月間、横になって寝ていなさい」と指示しても、誰も疑問をもたない。
入居者のほぼ全員がおむつを着用しており、トイレに連れて行くという発想自体がない。 「水をあまり飲ませない方がよい。尿が余計に出るから」と医師が発言しても、反論する人はいない。
その結果、体調が悪くなると点滴が行われる。
衛生面への十分な配慮がないまま、タオルや布おむつが使われている。
フットケアはほとんど行われておらず、足の状態は深刻である。
歯科医が来ても、行われるのは歯を抜く処置ばかりである。

このような内容でした。

もちろん、当時のすべての施設が同じだったわけではありません。しかし、少なくとも二人の専門家が見た現場には、プライバシーも、日常生活も、個別ケアも十分には存在していませんでした。

その後、私自身も北海道から沖縄まで、日本全国の介護施設を訪ねるようになりました。なぜか三重県だけはまだ訪問できていませんが、それ以外の地域では、現場で働く職員、経営者、そして入居者の方々と会ってきました。

できる限り本音を聞き、それぞれの現場を見続ける中で、徐々に日本の介護が抱えていた課題が見えるようになってきました。

しかし、そこで私が考えるようになったのは、「日本の介護は遅れている」「北欧は進んでいる」という単純な比較ではありません。

むしろ、スウェーデンを含め、世界の多くの国々が、かつて同じような問題を経験してきたのではないか、ということでした。

2.プライバシーと日常生活は本当に可能なのか

私が日本の介護施設を見学し始めた当初、まず確かめたかったのは、施設の中でプライバシーや日常生活を守ることが本当に可能なのか、ということでした。

正直に言えば、最初に見学した多くの施設には、プライバシーや日常生活を実現することが非常に難しい、あるいはほとんど不可能に見える場所が少なくありませんでした。

大部屋で生活し、他人の目を避けることができない。
自分の時間や生活のリズムを選ぶことができない。
全員が同じ時間に起き、同じ時間に食事をし、同じケアを受ける。
寝たきりの人や褥瘡のある人が多く、ほぼ全員がおむつを着用している。
個別ケアという考え方が、まだ十分に浸透していない。

私は、そうした状況に何度も衝撃を受けました。

先ほど紹介したスウェーデン人の認知症ケア専門家二人のレポートも、まさにこの問題を非常に率直に指摘したものでした。

二人の文章は強烈でしたが、私は今、それを失礼な内容だったとは考えていません。二人には、目の前の状況を何とか改善したいという強い情熱がありました。

「これは何とかしなければならない」

そう思ったからこそ、見たものを、遠慮せずに書いたのだと思います。

しかし、そこで当然、次の疑問が生まれます。

では、スウェーデンの介護施設は本当に昔から優れていたのでしょうか。

私もスウェーデンの介護施設を見学し、さらに歴史を調べました。確かに、1990年代のスウェーデンでは、当時日本で見たような施設は、ほとんど見当たりませんでした。

しかし、時代をさかのぼってみると、昔のスウェーデンの老人ホームにも、プライバシーはほとんどありませんでした。個人の生活空間もなく、多くの人が同じ部屋で、同じ規則に従って生活していました。

写真:19世紀に描かれた、夫を亡くした女性たちのための施設の絵

19世紀に描かれた、夫を亡くした女性たちのための施設の絵があります。

その一枚の絵の中に、比較的元気に生活している人、介護を必要としている人、看取りの段階にある人、そして亡くなった後の人までが、同じ空間に描かれています。

当時の高齢者施設が、生活の場であると同時に、介護の場であり、病院であり、看取りの場でもあったことが分かります。

また、当時のスウェーデンの施設規則を読むと、その半分ほどが食事や生活上の決まりに関する内容でした。そして最後には、要するに次のようなことが書かれていました。

「この規則に不満がある人は、速やかに施設を出て行くこと」

つまり、施設のルールに入居者が合わせることが当然であり、不満を言う人は退去させられる。それが普通の時代だったのです。

スウェーデンで大きな変化が始まったのは、第二次世界大戦後でした。

写真:1949年 イーヴァル ロー=ヨハンソン

1949年、スウェーデン人ジャーナリスト イーヴァル ロー=ヨハンソンが、全国の高齢者施設を視察しました。この人物は、少なくとも私が学生だった頃には、福祉の歴史を学ぶ授業で必ず登場するほど重要な存在でした。

そのジャーナリストが明らかにしたのは、当時の行政や専門家たちが善意で整備した施設でありながら、実際には誰も入りたいと思わない場所が大量に造られていた、という事実でした。

一度入居すると、寝たきりにされる。
プライバシーがない。
自分の生活空間がない。
家族との関係が失われる。
地域とのつながりもなくなる。

行政も施設を造った人たちも、決して悪意があったわけではありません。一生懸命、社会のために必要だと思って施設を造ったのです。

しかし、そこで描かれていた高齢者の生活のイメージと、実際に本人が望む生活との間には、大きな違いがありました。

その後、スウェーデンでは少しずつ施設のあり方が見直されていきました。

写真:約70年前の新聞記事

約70年前の新聞記事には、「新しい老人ホームを建設する。99室は個室、6室は二人部屋」と書かれています。二人部屋は夫婦のために用意されたものでした。

今では個室は当然のように思われるかもしれません。しかし、当時は「個室で生活できる」ということ自体が、新聞記事になるほど新しい考え方だったのです。

確かに、スウェーデンはいくつかの国に先駆けて、高齢者施設を生活の場へと変えていきました。しかし、それはスウェーデンが最初から優れていたからではありません。

深刻な失敗を経験し、その失敗を社会に公開し、議論し、変えようとしたからです。


失敗から学び、より良い暮らしを目指す。その歩みは、スウェーデンだけのものではありません。

第4回では、世界と日本の介護の歩みを振り返りながら、「外国から学ぶ」ということの本当の意味を一緒に考えてみたいと思います。

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